ホンダ党の私でも、「三菱スペースジェット」の無様を嘆く私でも、戦後に開発された国産機のなかで最も好きなのは、この「三菱MU-2」です。半世紀前とは思えない洗練された造形は、今でも単純に「格好いい…!」と思います。
見るからに小さな主翼面積は、競合多機と比べて50%も大きな「翼面過重」を容易に想像させます。そして「高:翼面過重」に由来する高速性能に加えて驚くべきは、そのSTOL性能です。アイダホ州「ジョンソン:クリーク」に離着陸する動画は、一見の価値ありです。
https://youtu.be/om6yTgwvNQs?si=ZAM64GgYf2WccWBI
興味のある飛行機ファンは、調べてみてください。このSTOL性能を可能にしたフルスパンの「ダブルスロッテッド:フラップ」と「スポイラーに因る横方向:操縦」。
1963年の三菱はここまで独創的な仕事をしていたのです。そして700機以上を生産:販売したMU-2の後継機は、「HONDA JET」に先駆けるビジネスジェットとして、技術的に成功したにも拘わらずビーチクラフト社に製造:販売権を売り渡し900機が製造された「MU-300」(ホーカー400)です。 まさに、後の「MRJ=space jet」の悲劇を予見させる事案でした。 技術的成果を将来に、そしてこの国の航空界の繁栄に繋げることが出来なかった原因は、何処にあるのでしょう?
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